サザエさん症候群。月曜が嫌なのは月曜が嫌だからだ

サザエさん症候群 アイキャッチ 雑記
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日曜の夕方に気分が沈む。これを「サザエさん症候群」と呼ぶらしい。正式な医学用語ではないけれど、日曜の終わりを知らせる何かを見て、あっ……明日……となる現象に名前が付いているのはわかる。

ただ、この話になるとすぐ「月曜を気持ちよく迎える7つのコツ」みたいな何の意味もない虚無の量産記事が出てくる。

日曜の夜にカフェインを控えましょう。月曜の服を準備しましょう。朝の楽しみを作りましょう。深呼吸しましょう。

うるせえ。

月曜が嫌な人に、日曜の夜まで“月曜をうまくやるための仕事”を追加するな。

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日曜の夜に必要なのは、人生改善プロジェクトではない

日曜18時。私はまだ休んでいる。休んでいたはずである。

なのに脳内では、明日の起床時間、移動、連絡、会議、作業、雑談、昼休み、帰宅後の残HPまで、一週間分の予告編が始まる。サブスクでもないのに強制再生。スキップ不可。

ここで「じゃあ日曜に準備しましょう」と言われると、休みの最終盤まで社会に回収される。

服を決める。持ち物を並べる。予定を確認する。明日のタスクを小さくする。

やれる人はやればいい。でも、それで楽になる人だけを基準にすると困る。

もう疲れている人に必要なのは、タスクをきれいに並べる能力ではなく、タスクから一回離れられる時間ではないのか。日曜の夜に「明日を恐れないための儀式」を全部こなさないと眠れない社会、普通に仕様が悪い。

月曜が嫌なのは、仕事が嫌いだからとは限らない

仕事そのものだけではなく、仕事に付属してくる全部が嫌なのだ。

早く起きる。移動する。人に気を遣う。急に話しかけられる。ずっと姿勢を維持する。自分のペースでトイレに行くことすら少し考える。家に帰ったらもう、好きなことを始める前に体力ゲージが赤い。

ねこどん
ねこどん

”ニンゲン”として振舞うのが大変しんどい。

土日で回復しきれないとき、日曜の夜に来ているのは「月曜」ではない。

平日に回収される自分の時間の請求書である。

しかも請求額は、睡眠、趣味、家事、友達、健康、ぼんやりする時間、全部まとめて引き落とされる。残高不足です、と言いたいのはこっちなのに、社会は平然と翌月分も請求してくる。鬼のサブスク。

最近の私は働きたくないシリーズを量産している。何故ならば働きたくなさ過ぎて病んでいるからである。 → 働きたくない30代へ。私が働きたくない理由を本気で考えた

休日は、平日のための充電時間ではない

休日を「来週も働くために回復する日」として扱う考え方が、あまりにも厚かましい。

休日は”ニンゲン”が自分に戻る日であってほしい。昼まで寝てもいいし、ゲームをしてもいいし、豚汁を作って終わってもいいし、布団と合体してもいい。生産性がゼロでも、それは故障ではない。

なのに日曜の夕方になると、休んだことへの罪悪感までおまけで付いてくる。

「休みを有意義に過ごせなかった」

は? 有意義でしたが? 休んだので。

休むことを“翌週の労働効率を高める投資”としてしか説明できないと、休息まで会社の備品になる。私の布団は弊社の社有物ではありません。返却期限もありません。

「みんなそうだから」は、わりと怖い言葉

日曜の夜に憂うつになる人が多いから、笑い話として共有できる。これは助かる。自分だけではないと思えるから。

でも、「みんな月曜は嫌だよね」で終わるのは非常に困る。

みんなが毎週しんどいのに、それを通常運転として飲み込んでいるだけの社会なんぞ、滅びればいい。

日曜の夜に胃が重くなる。寝ようとすると仕事のことを考える。朝起きられない。休みの日も回復した感じがしない。これを“社会人あるある”のパッケージに詰めて笑っているうちに、本人の限界だけが見えなくなる。

「サザエさん症候群」という柔らかい名前は、便利なぶん危ない。名前がかわいいと、しんどさまでかわいく見えてしまう。実際には、月曜が来るたびに心身が削れている人もいる。

ねこどん
ねこどん

サザエさんなんかもう何年も見ていないのに、日曜の夕方になってくると「デデンデンデデン・デデンデンデデン・デデンデンデデン・デン」というおなじみのBGMとともに月曜が迫りくるイメージに襲われている。

俗称で笑える日もあっていい。でも、笑えないほど続いているなら、「自分の気合いが足りない」と処理しないでほしい。厚生労働省も、強い落ち込みや睡眠・食事などへの影響が続いて日常生活に支障がある場合は、ひとりで抱え込まず相談するよう案内している。ここは“朝活”で殴り抜ける場所ではない。

月曜が嫌なのは、日曜を愛している証拠……ではない

「休みが好きだから月曜が嫌なんだよね」。

そんなわけねぇだろ。

日曜を愛しているから悲しいのではなく、平日に自分の時間が少なすぎるから、日曜にしがみつかざるを得ない。

平日にも、ちゃんとご飯を食べる時間がある。好きなものを眺める時間がある。何もしない時間がある。寝るためだけではない夜がある。

そういう生活なら、月曜への絶望も今より少しは薄いかもしれない。少なくとも、日曜の夜に翌週の自分を前借りして、月曜に返済するような暮らしではなくなる。

帰れ、月曜。

月曜は来る。残念ながら来る。カレンダーがそう言っているので。

だからといって、日曜の夜から私の頭の中で営業を始めるな。日曜まで社会人でいろ、などと言われたくない。日曜は日曜として扱ってくれ。

「月曜が嫌だな」と思う自分を、改善対象にしなくていい。

先に改善されるべきは、休み二日で回復しきれない前提のまま、人間を毎週ベルトコンベアに載せ続けるほうだと思う。

サザエさん症候群に必要なのは、何の意味もない対策リストではない。

月曜が怖くならないくらい、平日が人間の暮らしを返してくれること。

それが無理ならせめて、月給100万円寄越せ。

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