結論:働きたくないのは、仕事が嫌いだからだけではない
働きたくなーい。
これは私が社会人になってから、かなり長く考えていることです。朝が眠いから。満員電車が嫌だから。上司と話したくないから。もちろん、それもある。
でも、30代になって改めて考えると、私の「働きたくない」は、もっと具体的でした。
働くことで、働いている時間以外まで会社に持っていかれるのが嫌。
帰宅してからの体力、休日の回復、趣味に使う集中力、将来のために勉強する気力。給料と引き換えに渡しているのは、勤務時間だけではありませんでした。
しかも、そのわりに手取りは劇的には増えない。社会保険料や物価はしっかり存在する。責任や要求だけは増える。
そりゃ働きたくなくなるのでは……?
この記事では、私がなぜ働きたくないのかを、「怠けたい」で終わらせずに分解します。会社を辞めれば全部解決する、という話ではありません。自分にとって何が嫌なのかを言葉にすると、次に避けるべき働き方が見えてくるからです。
私は仕事そのものより、仕事に付属するものが嫌い
仕事の内容だけを考えると、私は完全に働けない人間ではありません。
ソフトウェアを作ること、分からないことを調べること、エラーを直すこと、仕組みを理解すること。こういう作業には興味があります。資格の勉強をしたこともあるし、仕事以外でもJavaを復習したり、Linuxやデータベースを触ったり、自作キーボードやゲーム機をいじったりしてきました。
「何かを作る」「分からないことを調べる」こと自体は、むしろ好きです。
では、なぜ働きたくないのか。
仕事には、作業以外のものが大量についてくるからです。
- 朝に起きる
- 電車に乗る
- 会社へ移動する
- 人と会話する
- 曖昧な指示を解読する
- 返事を待つ
- 予定外の依頼に対応する
- 誰かの遅れを吸収する
- 定時後の時間を差し出す
- 帰宅後に何もできなくなる
このへんが、作業そのものより重い。
「プログラミングが好きならIT企業で働けばいい」と簡単に言われることがあります。でも、コードを書く時間が1時間あって、その前後に会議や調整や移動や待機が5時間あるなら、私が好きなのはその1時間だけです。
残りの5時間を含めて「好きな仕事」と呼ばなければならないのは、ちょっと無理がある。
理由1:通勤は、仕事の前に体力を徴収してくる
不要な出社が嫌です。
出社しなければできない作業なら、まだ分かります。機械を触る、対面でしかできない相談をする、現地へ行く必要がある。そういう事情なら、移動にも意味があります。
ただ、家でもできる作業のために、朝から人の多い場所へ移動する。満員電車で体力を使い、会社に着いた時点で少し疲れている。帰りも同じことをして、家に着いたらもう何もしたくない。
出社、作業、出社、のように書けば簡単ですが、実際にはこうです。
出社するための体力を使う。仕事をするための体力を使う。帰宅するための体力を使う。帰宅後は回復に使う。
趣味の時間、消滅。
在宅勤務ができる日は、職場の人とほとんどやり取りしなかっただけで調子がいいことがありました。これは仕事をしていないから元気なのではなく、移動と雑談と密集の負荷が減ったからだと思っています。
人と話すことは、私にとって無料の回復イベントではありません。必要な会話はしますが、会話をしたぶんエネルギーを使う。そこを「出社すれば気分転換になる」「雑談も仕事のうち」で一括処理されると、いや、こちらの電池は減っておりますが……となります。
理由2:休日が休むだけで終わる
働いていると、休日が増えたようで増えていません。
土曜日に寝る。少し回復する。洗濯や買い物をする。日曜日の夜に「明日からまた仕事か」と思う。以上。
本当はゲームを進めたい。ブログを書きたい。写真を撮りたい。キーボードを組みたい。レジンで何か作りたい。読みかけの本もある。
しかし平日に体力と集中力を使い切ると、休日に残っているのは「横になる能力」だけです。
趣味は、時間だけあればできるものではありません。始めるための気力、道具を出す集中力、失敗しても戻ってこられる余白が必要です。
私はゲーム機を分解したり、キーキャップを作ったり、ブログに自作のものを載せたりするのが好きです。でも、仕事で疲れ切った夜に、細かい部品を並べて失敗できるほど元気ではない。
「好きなことを休日にやればいい」は、休日に元気が残っている人の理屈です。休日が回復だけで終わる生活では、好きなことをするために働いているはずなのに、働くことで好きなことができなくなります。ここがかなりおかしい。
理由3:人と話すことより、曖昧な情報を処理することがしんどい
私は対人関係が全部嫌なわけではありません。趣味の合う人とは話したいし、ゲームや機器の話なら長く話せます。
ただ、仕事の口頭説明だけで進める依頼、主語がないメッセージ、後から変わる前提、誰が決めたのか分からない予定が苦手です。
「これ、いい感じにやっておいて」
この一文から、目的、期限、対象範囲、優先順位、責任者、例外条件を推理することになります。私はエスパーではないので、情報が足りないぶんだけ確認が必要です。そして確認すると、「そこは自分で考えて」と言われる。考えるための材料がないのですが……。
仕事で疲れるのは、作業量だけではありません。情報が整理されていない状態から、何をすべきかを組み立てることにも認知コストがかかります。
資料がきちんとあり、依頼がテンプレート化され、判断者が分かっているなら、かなり楽になります。逆に、説明不足のまま責任だけ渡される環境では、作業開始前から疲れます。
私が欲しいのは「一切人と話さない仕事」ではなく、必要な情報を、必要な形式で渡してくれる仕事なのだと思います。
理由4:頑張っても生活の余裕が増えない
仕事を頑張れば、給料が増え、生活が楽になり、将来も安心できる。そういう交換なら、まだ頑張る理由があります。
もちろん現実はそんなに単純ではありません。資格を取る。できることを増やす。評価される。責任が増える。ところが、手取りや自由時間はそれほど増えない。
むしろ、仕事ができると思われるほど、依頼が集まることもあります。できる人に仕事が寄る。仕事が寄った結果、疲れて勉強できない。勉強できないので、さらに将来が不安になる。働くことで将来の準備時間が削られる、という謎のコンボです。
昇格や資格取得が悪いわけではありません。自分の能力が増えるのは嬉しいし、学ぶこと自体は好きです。
でも、「成長し続けないと置いていかれる」と言われ、そのための時間を仕事に奪われ、手元には疲労だけが残るなら、成長という言葉もだんだん怖くなります。
私は、会社のために成長したいというより、自分が作りたいものを作るために技術を使いたい。ここが違うのかもしれません。
理由5:会社に人生の大部分を預けるのが怖い
30代になると、働き方の話はキャリアの話になりがちです。
何年後にどうなりたいか。管理職になるのか。専門性を高めるのか。転職するのか。市場価値を上げるのか。
どれも大事なのでしょう。しかし私は、考えれば考えるほど「会社以外の収入や居場所もほしい」と思うようになりました。
ブログを書いたり、技術や工作を記録したり、自分で作ったものを公開したりすることに興味があるのは、単に趣味だからです。それと同時に、会社に依存しない手段を少しでも持ちたいからでもあります。
会社が嫌になった瞬間、生活費のすべてが止まる構造は怖い。だから働きたくないのに、働かないといけない。その矛盾で動けなくなる。
「働きたくないなら辞めればいい」は、生活費、家賃、税金、社会保険、将来の不安を自分で引き受けられる人だけが言える言葉です。
私も、何も考えずに退職すれば自由になれるとは思っていません。自由には請求書がついてくる。しかも毎月くる。
私の「働きたくない」を言い換えると
ここまでをまとめると、私の働きたくないは、たぶんこうです。
不要な移動や対人負荷で体力を削られ、曖昧な情報と不合理な責任を処理し、仕事以外の時間まで回復に使わされる働き方が嫌。
かなり長い。
だから「働きたくない」と短く言うしかないのだと思います。原因を全部説明すると長いし、説明したところで「みんなそうだよ」と返される。みんなそうなら、みんな疲れているのでは?
私が求めている条件は、今のところ次のようなものです。
- 不要な出社や通勤が少ない
- 作業の目的と期限が文章で分かる
- 口頭だけで責任を押し付けられない
- 残業を前提に予定を組まない
- 一人で集中する時間がある
- 仕事のあとに趣味をする体力が残る
- 収入と負荷の釣り合いが説明できる
これを見て「条件が多い」と思う人もいるかもしれません。でも、これは贅沢な福利厚生の一覧というより、働き続けるための最低限に近い。
30代で働きたくないなら、まず「何が嫌か」を分けたほうがいい
「働きたくない」と思ったとき、すぐに自分を怠け者扱いしなくてもいいと思います。
まず、次のどれに近いかを分けてみる。
- 仕事の内容が嫌
- 通勤や出社が嫌
- 人間関係が嫌
- 長時間労働が嫌
- 責任と給料が釣り合わない
- 仕事のせいで趣味や家事ができない
- 体調や睡眠が崩れている
- 将来が見えない
複数あっても普通です。私の場合は、通勤、対人負荷、曖昧な依頼、長時間労働、余暇の消滅、手取りへの不満が連結しています。どれか一つだけ取り除けば全部元気になる、という感じではありません。
ただ、分けると「仕事を辞めるしかない」の前に、「出社の少ない仕事を探す」「依頼をテンプレート化する」「残業の少ない環境へ移る」「趣味を回復しやすいサイズにする」といった選択肢が見えてきます。
全部を一気に解決しようとすると止まるので、最初は一番体力を奪っているものを一つだけ見る。私の場合は、不要な移動と、仕事が余暇まで食い潰すことでした。
それでも、働かないことが正解とは限らない
ここまで働きたくない理由を書いておいて、最後に急に現実を出します。
働かないと収入がなくなる。収入がなくなると生活が不安定になる。貯金にも限りがある。税金や保険料も勝手に消えてはくれない。
なので、「働きたくない自分を受け入れよう。明日から無職!」と軽く勧めるつもりはありません。心身が限界なら休むことは必要ですが、休む方法やお金のことは別途考えた方がいいです。
私が言いたいのは、働きたくないという感情にも、かなり具体的な理由があるということです。
「甘えかな」「30代なのに情けないかな」と丸めてしまうと、何を変えればいいのか分からなくなる。逆に、通勤が嫌なのか、人間関係が嫌なのか、仕事で余暇が消えるのが嫌なのかが分かれば、次の働き方を選ぶ材料になります。
まとめ:働きたくないのは、人生を働くことだけにしたくないから
私は働きたくない。
正確には、働くために寝て、働くために回復して、働くために趣味を諦める生活を続けたくない。
ゲームをしたい。ブログを書きたい。小さい機械を分解したい。何か作りたい。何もしない時間もほしい。人と話したくない日もあるし、趣味の話ならしたい日もある。
こういう時間を確保したいと思うのは、働くことから逃げたいからだけではありません。働く以外の人生も、普通に自分の人生だからです。
30代の「働きたくない」は、若さで全部押し切れなくなったということでもあります。睡眠不足は翌日に残るし、休日の回復には時間がかかる。体力と時間に限りがあることが、だんだん分かってくる。
だから私は、働くことを完全に否定するより、何を差し出して、何を守るのかを考えたい。
会社に時間を渡す。給料を受け取る。その交換条件が、自分の生活を壊さない範囲に収まっているかを見る。
働きたくない理由を、まずはもっともらしく語れるくらい具体的にしてみる。
そこから先のことは、そのあと考えます。今日はもう、働きたくないので……(寝る)
働かない生き方に興味を持ったきっかけとして、昔読んだ『20代で隠居』の感想もどうぞ。


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